2025.12.24
【後編】事務職を潰す「ホワイトハラスメント」。一般職の壁を超える育成論
「ウチの部署はホワイトだよ。残業はほぼゼロ、有休もフル消化。急な仕事は私がブロックして、部下にはマニュアル通りの定型業務だけを任せているからね」
そう胸を張る管理職の方は少なくありません。特にバックオフィス部門(総務、経理、営業事務など)では、業務の標準化が進み、このような環境を作りやすい側面があります。
しかし、不思議な現象が起きています。これ以上ないほど環境を整備したはずの職場から、入社3年目〜5年目の、仕事ができる優秀な若手・中堅社員が辞めていくのです。
「給料の高い会社に行きたかったのかな?」 「やっぱりルーチンワークは飽きるのかな?」
そう考えたくなりますが、退職時の面談で彼ら(彼女ら)が口にする建前とは裏腹に、本音はもっと切実なところにあります。
「この会社にいて、自分は成長できているのだろうか」 「毎日同じ入力作業ばかり。世の中はAIだDXだと騒いでいるのに、自分だけ取り残されている気がする」
彼らが感じているのは、「飼い殺し」への恐怖です。
上司であるあなたが「部下を守るため」に行っているその配慮。それが、実は部下のキャリアをリスクに晒す「ホワイトハラスメント(通称:ホワハラ)」になっている可能性があります。
特に事務職においては、日本の人事制度特有の「一般職・総合職の壁」が、この問題をより複雑で根深いものにしています。前編となる今回は、良かれと思ってやっているマネジメントがなぜ部下を追い詰めるのか、その構造的課題を解き明かします。

まず、「ホワイトハラスメント」の定義をおさらいしましょう。これは、上司がパワハラと言われることを恐れたり、過度な配慮をしたりするあまり、部下に難易度の高い仕事や責任ある仕事を任せず、成長の機会を奪ってしまうことを指します。
「ゆるブラック企業」という言葉を聞いたことがあるでしょうか。労働環境はホワイト(快適)だが、スキルが身につかないため将来のキャリアがブラック(暗い)、という職場を指す言葉です。まさに、ホワハラが蔓延する職場のことです。
あなたのマネジメントは、以下の項目に当てはまっていないでしょうか。
他部署との折衝、クレーム対応、イレギュラーなトラブル。これらが発生した際、「君はやらなくていい、私が話をつけておくから」と、部下を蚊帳の外に置いていませんか? これは「守っている」ように見えて、部下から「交渉力」や「問題解決力」を養う場を奪っています。
部下が業務フローに疑問を持ったり、新しいやり方を提案しようとしたりした時、「今のままで問題ないから」「余計な負担をかけたくないから」と、思考停止を推奨していませんか? これは、部下を「考える人」からただの「作業ロボット」へと退化させる行為です。
新しいプロジェクトメンバーを選出する際、あるいはリーダー職を打診する際、「彼女は一般職だから」「家庭があるから」と、本人の意向を確認する前に候補から除外していませんか? これこそが、典型的なホワイトハラスメントです。
なぜ、事務職の管理職はここまで「過保護」になってしまうのでしょうか。 そこには、職種特有の「一般職(地域限定職)」と「総合職」という人事区分の壁が大きく立ちはだかっています。
管理職の皆様の心の中には、こんな葛藤がないでしょうか。
「彼らは『一般職』として入社している。総合職に比べて給与も低いし、転勤もない。それなのに、責任ある重い仕事を任せるのは『やりがい搾取』になってしまうのではないか?」 「そもそも、バリバリ働きたくないから一般職を選んだはずだ。無理に成長させようとするのは、こちらのエゴではないか?」
この配慮は、非常にまっとうで優しいものです。しかし、ここには強烈な「アンコンシャス・バイアス(無意識の偏見)」が潜んでいます。
職掌はあくまで入社時の契約形態であり、その人の「能力」や「意欲」の上限を決めるものではありません。 「一般職だから、サポート業務しかできない/したくない」というのは、多くの場合、上司側の思い込みです。
実際、多くの一般職社員はこう考えています。 「チャンスがあれば挑戦したい。でも、上司が期待してくれていないから、諦めている」 「総合職転換制度はあるけれど、実際に転換した先輩がいないから、自分には無理だと思い込んでいる」
これを心理学で「学習性無力感」と呼びます。「どうせ何をしても変わらない」という環境に長く置かれると、人は挑戦する意欲そのものを失ってしまうのです。 上司の「一般職だから無理させない」という配慮が、部下の「私なんてどうせ一般職だから」という諦めを強化し、負のループを生み出しているのです。

もし今が20年前であれば、定型業務を正確にこなすだけで定年まで安泰だったかもしれません。しかし、時代は変わりました。生成AIやRPA(ロボティック・プロセス・オートメーション)の爆発的な進化により、事務職を取り巻く環境は激変しています。
これまで事務職の最大の武器だった「ミスなく入力する」「正確に集計する」というスキル。これは今、AIが最も得意とする領域です。 今の業務内容をそのまま守り続けることは、5年後、10年後に「AI以下のコストパフォーマンスしか出せない人材」を育てているのと同じことです。
想像してみてください。 ホワハラ上司の下で、言われた通りの入力作業だけを10年間続けてきた35歳の一般職社員を。 もし会社の業績が悪化し、早期退職を募ることになったら? あるいは、結婚や介護で転職せざるを得なくなったら?
転職市場において、「実務経験10年。でもスキルはExcel入力のみ。リーダー経験なし。改善提案の経験なし」という人材は、非常に厳しい評価を受けます。 「優しい上司」が提供していた「ぬるま湯」は、部下を社会という海で泳げない体にしてしまったのです。
ホワイトハラスメントの本質は、上司自身の「保身」や「固定観念」にあります。
これらの意識が、部下の「未来の可能性」を摘み取っています。 「職掌の壁」を理由に成長機会を止めるのは、優しさではなく、ある種の「ネグレクト(育成放棄)」に近いと言えるかもしれません。
真に部下を大切に思うのであれば、私たちは「守る」ことの定義を変える必要があります。
「……理屈はわかる。でも、給料が違うのに『もっと働け』とは言いにくい」 「具体的に、どうやって一般職の部下のモチベーションを上げればいいのか?」
そのような現場のリアルな悩みに対して、続く【後編】では、制度の壁を乗り越えるための具体的な「対話術」と「業務の任せ方」を解説します。