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TOP &GROWアカデミー コラム 【前編】SNSの「レイジベイティング」が中小企業の信用を一瞬で破壊する理由 —— その構造と心理的メカニズム

【前編】SNSの「レイジベイティング」が中小企業の信用を一瞬で破壊する理由 —— その構造と心理的メカニズム

2025.12.17

SNSの「レイジベイティング」について

「今月のインプレッション、先月比200%達成しました!」

定例会議でSNS担当者が高らかに報告するその数字。経営者や管理職であるあなたは、その「中身」を詳しく確認したことがあるでしょうか? もしその数字が、ユーザーの「称賛」ではなく、計算された「苛立ち」によって生み出されていたとしたら……。

今、SNSマーケティングの世界で、ある危険な手法が蔓延しています。「レイジベイティング(Rage-baiting)」。直訳すれば「怒り釣り」。人々の感情の中で最も爆発力のある「怒り」をあえて刺激し、反論や批判のコメントを誘発することで、アルゴリズム上の数値をハックする手法です。

一見、認知拡大の特効薬に見えるこの手法は、実は企業ブランドを内側から蝕む「劇薬」です。なぜ、多くの企業やインフルエンサーがこの麻薬に手を染めてしまうのか。そして、なぜ私たちはこれほどまでに「怒り」に反応させられてしまうのか。

本記事(前編)では、現代のSNSを支配する「アテンション・エコノミー」の闇と、レイジベイティングが成立してしまう構造的メカニズムについて、深く掘り下げていきます。

そのバズは「熱狂」か「炎上」か

かつて、SNSマーケティングの世界では「バズれば官軍」という風潮がありました。どのような形であれ、話題になり、トレンド入りし、自社の名前がタイムラインを埋め尽くすことが正義とされた時代です。しかし、2020年代も半ばを過ぎた今、その「バズ」の質が厳しく問われるようになっています。

ここで明確に定義しておきたいのが、事故的な「炎上」と、意図的な「レイジベイティング」の決定的な違いです。

従来の炎上は、広報担当者の知識不足や、経営者の差別的な発言、あるいは従業員の不適切な行動(バイトテロなど)によって「結果的に」発生するものでした。これは企業にとって回避すべきリスクであり、発生した瞬間に謝罪や火消しに走るべき「失敗」です。

対して「レイジベイティング」は、最初から燃やすことを目的に設計されています。

「Rage(激怒)」と「Bait(餌)」。 つまり、ユーザーが怒り、ツッコミを入れ、呆れるようなコンテンツを「餌」として撒き、それに食いついたユーザーの反応(リアクション)を養分としてアカウントを成長させる手法です。

恐ろしいのは、この手法が「あからさまな悪意」だけではない点です。「微妙に間違っている」「少しだけイラッとする」「効率が悪い」といった、ユーザーの「訂正したい欲求」をピンポイントで突くように計算されているのです。

これはマーケティング戦略というよりも、人間の認知バイアスを悪用した「ハッキング」に近い行為と言えます。しかし、短期的な数字(インプレッション数や再生数)においては、まっとうな投稿よりも圧倒的なパフォーマンスを叩き出してしまう。それが、多くの中小企業担当者を惑わせる要因となっています。

あなたのタイムラインにもある「怒りの餌」

では、具体的にどのような投稿がレイジベイティングに該当するのでしょうか。おそらく、あなたも一度は目にしたことがあるはずです。いくつかの典型的なパターンを見てみましょう。

パターンA:非効率なライフハック動画

海外の動画コンテンツなどでよく見られる手法ですが、最近は日本企業のアカウントでも散見されます。 例えば、「画期的な料理法」と題して、包丁を使えば一瞬で終わる作業を、わざわざ複雑な道具を使って5分もかけて行う動画。あるいは、食材をこれでもかと無駄にするような不快な調理風景。 これを見たユーザーは、「包丁使えよ!」「食べ物を粗末にするな!」とコメント欄に書き込みます。この「ツッコミ」こそが、投稿者の狙いです。

パターンB:意図的な「間違い」の放置

専門知識を解説する投稿の中に、あえて初歩的なミスを混ぜておく手法です。 漢字の読み間違い、歴史的年号のズレ、あるいは業界用語の誤用。 これを見た詳しいユーザーは、親切心、あるいはマウントを取りたい心理から、「そこ間違ってますよ」「勉強不足ですね」と指摘のコメントを寄せます。間違いが明白であればあるほど、訂正コメントは加速します。

パターンC:極端な二元論と偏見

「〇〇なやつは仕事ができない」「年収〇〇万以下の男は人権がない」といった、特定の属性を攻撃したり、極端な価値観を断定的に語ったりするショート動画。 これは見ている人のコンプレックスや正義感を逆撫でし、「そんなことない」「人それぞれだ」という反論を大量に生み出します。

これらの共通点は、「スルーできない(無視できない)」というフックを持っていることです。 美しい風景写真や、当たり障りのない挨拶文は、指先一つでスクロール(スルー)されます。しかし、目の前で明らかな間違いや不快な行為が行われていると、人は足を止め、一言申したくなってしまう。この心理的な隙間(脆弱性)を突くのが、レイジベイティングの本質です。

アルゴリズムの罪と罰:なぜプラットフォームは怒りを優遇するのか

なぜ、このような不健全なコンテンツがSNS上で拡散されてしまうのでしょうか。その主犯は、各SNSプラットフォーム(TikTok, Instagram, X, YouTube Shortsなど)が採用している「レコメンドアルゴリズム」にあります。

SNSプラットフォームのビジネスモデルは「広告」です。彼らにとって最も重要なのは、ユーザーを1秒でも長くアプリ内に留まらせ、多くの広告を見せること。そのためにアルゴリズムは、「ユーザーが関心を持っている(=時間を費やしている)コンテンツ」を優先的に表示するように設計されています。

ここで問題になるのが、アルゴリズムが「感情の質」を判断できない(あるいは軽視している)という点です。

  • 感動して見入っている5分間
  • 腹が立って反論コメントを書くために費やした5分間

アルゴリズムにとって、この2つは等しく「滞在時間5分」という高い評価になります。むしろ、レイジベイティングの方がアルゴリズムに愛されやすい構造的理由すらあります。

理由①:コメントの重み付け

多くのアルゴリズムにおいて、単なる「いいね」よりも、手間のかかる「コメント」や「シェア」の方が、エンゲージメントとしての価値(重み)が高く設定されています。怒りやツッコミは、共感よりも強い行動喚起力を持つため、コメント数を稼ぎやすく、結果として「バズる」確率が跳ね上がります。

理由②:議論の連鎖

コメント欄でユーザー同士の言い争い(レスバトル)が始まると、その投稿への滞在時間はさらに伸び、再訪問率も上がります。アルゴリズムはこれを「活発なコミュニティ」と誤認し、さらに多くのユーザーのタイムラインへその投稿を拡散します。

つまり、プラットフォームの仕様自体が、意図せずして「怒り」を優遇し、平穏なコンテンツを淘汰する仕組みになってしまっているのです。担当者が「アルゴリズムハック」を勉強すればするほど、必然的にこの「怒りの領域」に足を踏み入れそうになるのは、ある種、合理的な帰結とも言えます。

脳科学的アプローチ:ドーパミンと正義中毒

ここまではシステム側の問題を解説しましたが、最後に人間側、つまり「なぜ私たちは釣られてしまうのか」という心理的・脳科学的なメカニズムに触れておきます。

人間は本来、社会的な動物です。集団のルールを乱す者や、間違った情報を流す者を正すことで、集団の秩序を守ろうとする本能が備わっています。 脳科学者の中野信子氏などが提唱する「正義中毒」という概念があります。

人が「自分は正しく、相手が間違っている」と確信し、相手を糾弾している時、脳内では快楽物質であるドーパミンが分泌されています。 「間違っているお前を、正しい私が指導してやる」 「非常識な行動を、社会の常識で裁いてやる」 この社会的制裁(サンクション)を加える行為は、脳にとって極めて強い快感(報酬)となります。

レイジベイティングは、この脳の報酬系をハックします。 あえて「制裁したくなるような隙」を見せることで、ユーザーに「正義の鉄槌」を下させ、ドーパミンを与えます。ユーザーは怒っているようでいて、実は脳内では快感を得ており、その快感を求めてまた次の「けしからん動画」を探してしまうのです。

これは、ギャンブルへの依存と同じ構造です。 企業がレイジベイティングを行うということは、顧客に対して「怒り」という名のドラッグを無料配布し、中毒症状を利用して自社の看板を見せつけているようなものです。

一時は人が集まるでしょう。数字も伸びるでしょう。しかし、ドラッグで集めた群衆が、果たして御社の商品を愛し、長く取引をしてくれる「顧客」になり得るでしょうか?

アルゴリズムは「品格」を理解しない。経営者が直視すべき現実

SNSのアルゴリズムは、残酷なまでに正直です。私たちが「賢い議論」よりも「感情的な衝突」に時間を割く限り、システムは「怒り」こそが最強のコンテンツだと学習し続けます。

担当者が悪気なく、あるいは成果への焦りから「ちょっとなら……」とこの手法に手を染めた瞬間、企業のアカウントは広報媒体ではなく、デジタル上の「見世物小屋」へと変貌します。数字という名の麻薬は、一度味わうと簡単には抜け出せません。

しかし、経営者として本当に恐れるべきは、アルゴリズムの挙動ではありません。この手法を続けた先に待っている、現実世界での「信用の崩壊」です。続く【後編】では、レイジベイティングが中小企業にもたらす具体的な経営リスクと、数字の呪縛から脱却するためのマネジメント手法について論じます。

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